第73回 ふるさとの川

魂を映す鏡

 5、6歳の頃だったか、おばあちゃんの友人を訪ねて小旅行をしたことがある。故郷のコンシャンダック沙漠ではみたことのないほど大きく、滔々と流れる川があった。おばあちゃんはそのほとりに友達と並んで座り、川面に半身を映して髪に櫛を当てながら、「そうそう、これがやりたかったのよね」と、珍しく楽しそうにはしゃいでいた。しかし私は、川のそばに近寄るのが怖くて、その様子を遠巻きに眺めていた。川はときとして、魂を映す鏡になると教えられていたからだ。信心の深かったおばあちゃんとは違って、水や大地への感謝を忘れがちだという自覚があったからかもしれない。
 うしろめたさに近いその感覚はずっと残ったままだが、いまでは、川という存在そのものにはむしろ親しみを覚えている。シベリアや日本で川がみせるさまざまな姿を目にして、その自在さと寛容さを知ったからだ。ある場所ではまっすぐ堂々と流れているように見える川も、かならずどこかで右へ左へと曲がりくねりはじめる。せわしなく急ぐ瀬が、滝を降った先から一転してゆっくりになることもある。地上に湧いて生まれた瞬間から周りの地形に身を任せて流れはじめ、雨が多ければ太り、少なければやせ細る。何度も仲間と出合いながら、歩みを止めずに降っていく。なんだか、その時々の流れに委ねて生きてきた私の人生にそっくりだ。よく不安に駆られてせっかちになるくせに、お酒が入ると怠け癖が出る性格にも似ている。
 なあんだ、川もけっこう適当にやってるだけじゃないか。ならば、少しくらいみっともない姿を映し込んでも、きっと気にも留めず見逃してくれるだろう。いつしかそう思いはじめ、川のことが好きになっていた。

 

ふるさとの川を語ろう

 去年の秋、兵庫県宍粟市千種町とウランバートルの中学校をオンラインでつなぐ国際交流活動のお手伝いをさせていただいた。「ふるさとの川を語ろう」をテーマに選び、お互い身近にある川の魅力を紹介しあう授業を提案した。完全にオンラインで交流活動を行うのははじめてで不安もあったが、ふたを開けてみれば、子どもたちは写真や動画を上手に使い、歴史や伝承、川遊びの思い出など話題盛りだくさんの発表をしてくれた。宍粟の子どもたちは、地平線まで続く草原を貫いて流れる川の大きさに驚き、またあるモンゴルの生徒は、起伏に富んだ森を縫うように流れる川のことを知って、「まるで植物のなかを水が流れているみたい。本当にそれも川なのですか?」と口にしていた。

 地表に溢れた水が集まって低い方へ降っていくだけのことでありながら、その姿は環境次第で実に自在に変化する。このとき飛び出た「それも川なのか」というような驚きが、もともと抱いていたイメージを破るきっかけになれば嬉しい。さらに欲を言えば、そこからお互いの「ふるさとの川」をとりまく環境や文化の違いに気づき、関心を持ってくれたらと期待したい。

 交流授業の終わりに、モンゴルの生徒の一人が、「私たちのふるさとを飛び立った白鳥や雁が、東アジアで冬を越すと聞いたことがあります。日本で渡り鳥を見かけたら、よろしくお願いしますね」と一言残してくれた。そこであらためて、渡り鳥が何日もかけて往来する距離を隔てた二つの「ふるさとの川」が、子どもたちの語りを通じてつながったことに感慨を覚えた。旅行さえ難しく、経験も考えも内向きになってしまいがちな時期だからこそ、画面越しのひとときではあっても、子どもたちを遠く離れた世界へと連れ出すことに意味はあるだろう。オンライン会議のための機器の扱いにはどうも気後れしてしまうが、融通無碍な川の流れ方を見習って、新しい時代にも身を投じていきたい。

 

私のふるさとの川

 この連載の第55回から第57回で書いたように、私がはじめてモンゴルのオンギー川流域を訪れたとき、そこには鉱山開発のため掘り返された大地と、汚泥に染まった水が滞留する無残な光景があった。それから十数年の間、心を痛めていた人びとの環境保護に向けた努力があり、また政治や企業をとりまく論理の変化があり、いまようやく草が再び根を下ろし、一度は途絶えた川が流れを取り戻しつつある。人間は利のため、あるいは生きるために自然を手にかけ、一方でその行いを押しとどめようとする。オンギー川はそれでも黙って、矛盾だらけの人間の所業を水面に映してきた。

 宍粟を終の棲家と決め、私にもふるさとの川ができた。素麺のブランドで有名な揖保川の支流で、源流から合流点まで延長20㎞ほどの伊沢川という名の清流だ。この川に沿っていくつも集落が並ぶが、ながらく住人は減り続けており、流域に二つあった小学校のうち片方は、今年度いっぱいで廃校になる。夏に川べりを散歩していると、ときおり水遊びをする子どもの姿を見かけるが、かつてはもっと賑やかだったのかなと想像してしまう。私の友人で、源流近くでサーモンの養殖に取り組む平野岩夫さんは、昔はごみやら屑やら川に流していて汚かったけれど、そのぶん魚もたくさん泳いでいたという。新参者の私には確かなことは分からないが、もし人の生活から遠ざかることで伊沢川が澄んだ清流になったのだとすると、少し寂しい気持ちになる。

 初夏の夜、宍粟市山崎町の市街から歩いて帰る道すがら、飛び交う蛍の一匹が私の肩にとまり、家の近くまでずっとついてきてくれたことがあった。人生の後半になってようやく手に入れた、私のふるさとの川。せっかくきれいになったその水面に、もう一度たくさんの笑顔を映してあげたい。そのとき、ふとそう思った。

 

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