第73回 ふるさとの川

魂を映す鏡 5、6歳の頃だったか、おばあちゃんの友人を訪ねて小旅行をしたことがある。故郷のコンシャンダック沙漠ではみたことのないほど大きく、滔々と流れる川があった。おばあちゃんはそのほとりに友達と並んで座り、川面に半身を映して髪に櫛を当てなが…

第72回 山登り

宍粟の山で 私はお洒落には無頓着だが、衣装棚にはカラフルな服がぎっしり並んでいる。シベリアやモンゴルでのフィールドワークでは、氷点下40度を下回るなか何日も歩き続けることがあるので、軽くて暖かい登山用のウェアを買い集めてしまう癖がついているか…

第71回 発酵のつながり

「エフ」 モンゴルの草原で私を育ててくれたおばあちゃんは、「エフ」づくりの名手だった。エフとは、言葉の意味としては「はじまり」や「みなもと」に近く、この場合には、家畜の乳を搾れなくなる秋の終わりに、瓶に詰めてとりおかれるヨーグルトの上澄み液…

第70回 「遊牧民の野菜づくり」

モンゴルでは草と野菜はどちらも「ノゴン」と言い、言葉の上では区別がない。草原に自生するニラやネギを肉料理やスープの香りづけにしたり、カブの仲間を漬物にして食べることはあったが、野菜が主役になる料理はなかった。金沢の中華料理店でコックをする…

第69回 庭木の散髪

“木”の原風景 「木があれば、水が流れる。水があれば、草が茂る。草があれば、家畜が肥える」。モンゴルの遊牧民は、調べにのせて子どもにそう教える。ただ幼い頃の私は、はじめのくだりだけ合点がいかず、逆じゃないのかなといつも不思議だった。木といって…

第68回 草との再会

緑の光 目を閉じて、故郷の思い出をさかのぼっていく。すると、その源流の少し手前のあたりで、淡い緑のきらめきと、ふくよかな芽吹きの匂いに包まれた記憶に行きつく。生まれたての子羊を乗せた籠を抱えながら、しばし歩みを止めて「ノゴントヤ(緑の光)」…

第67回 「文盲から文明へ、その向こうへ②」

前回連載で最終回予告をしたのは、去年の夏の盛りが過ぎた頃だった。それから1年近く、未完のまま更新を滞らせてしまったことになる。まずは読者のみなさんに、音沙汰なしに長らく連載を放置してしまったことをお詫び申し上げる。 文盲から文明へと歩む旅路…

第66回 「文盲から文明へ、その向こうへ①」

今年の夏の初め、13年間を過ごした大阪を離れ、西播磨の山の麓での暮らしをはじめた。引っ越してからまだ2か月半だが、がらりと一変した日々のなかで、都会では目にも入らなかったこと、あるいはずっと忘れていたことがいかに多かったかを実感している。お…

第65回 「宴(であい)②」

オンライン飲み会 食べて、飲んで、わかる。わかるだけでなく、おいしい料理や酒の力も借りて互いの立場を忘れて楽しむうちに、そこに居合わせた人同士で何かを一緒にやろうというきっかけが生まれる。フィールドでももちろんそうだが、私にとって飲み会は、…

第64回 「宴(であい)①」

食べて、飲んで、わかる 本連載第54回でも触れたように、私は水俣と出会ったことで多くを学んだ。その一つに、飲んで食べることで地域を知るというわざがある。はじめて訪れたときからずっとお世話になっている吉本哲郎さんは、そこに「あるもの」のよさを見…

第63回 「生きること②」

心の声を聴き、自由に生きる ここまで連載を読んでくださった方はもうお分かりかと思うが、私は将来の目標といったものを自分から立てたことはなく、節目ごとに現れる人や本との出会いに導かれるようにして、これまでの人生を歩んできた。岐路に立ったときに…

第62回 「生きること①」

文明は紛れもなく人類が築きあげたものだが、私たちはそれを上手に飼い慣らせているだろうか。個人も社会も、日進月歩の速度で更新されていく道具やシステムに振り回され、追いつくだけでへとへとになっているように思う。高度に発達した科学技術に支えられ…

第61回 「地域に学び、地域とかかわる④」

▼前回までの記事はこちらです 野蛮だと眉を顰めて指さされることもあれば、自由奔放で素晴らしいと羨望の目を向けられることもある。そういう意味では、「不良」と少数民族は同じような立場に置かれているのかもしれない。この連載の前半で書いたように、草…

第60回 「地域に学び、地域とかかわる③」

▼前回までの記事はこちらです 「実践」が育む力 この連載の前半で紹介したように、私が少年から青年になる頃の中国は大きな変革期にあり、社会の秩序や人々の生活も安定してはいなかった。11歳で学校に通うため草原をあとにしたが、街に出たころは勉強よりも…

第59回 「地域に学び、地域とかかわる②」

▼前回の記事はこちらです 雲南との出会い 雲南を初めて訪れたのは2005年の晩秋、WWF(世界自然保護基金)の支援を受けて中国最大の環境保護NGOである「自然之友」が雲南北部の高原で始めた活動に、ボランティアとして参加したことがきっかけだった。寒さと乾…

第58回 「地域に学び、地域とかかわる①」

モンゴルでのフィールドスタディを実施しはじめてはや10年が経とうとしているが、私でかつて悩んだように、そして今でも悩むことがあるように、「地域に学ぶ」姿勢を学生に伝えるのは容易なことではない。私たちは異郷に足を踏み入れるとき、どうやっても色…

第57回 「オンギー川で出会った人びと③―天の声に耳を傾けて」

▼前回までの記事はこちらです 天の動物 2011年の夏、私は大阪大学グローバルコラボレーションセンター(当時)の宮本和久先生とともにオンギー川流域にやってきた。同センターでは新たにフィールドスタディ・プログラムを始めることになっており、そのための…

第56回 「オンギー川で出会った人びと②―モンゴルの環境(みらい)に向けて」

▼前回の記事はこちらです 研究者としてニンジャとかかわる 現代を生きるために必要な金を得るため、敬うべき自然を自らの手で汚すことに苦しみつつニンジャとなる人たち。彼らとの出会いは、私が思いもしなかったモンゴルの実像を知らせるものだったが、同時…

第55回 「オンギー川で出会った人びと①――ラマと“ニンジャ”の祈り」

開発と伝統 2006年の冬、金沢に住む知人から紹介され、神戸外国語大学で学ぶモンゴル国からの留学生と知り合った。バヤサさんというその女性は、モンゴルでもとりわけ遊牧が盛んなウブルハンガイ県の出身で、ラマ(チベット仏教僧)のおじいさんに育てられた…

第54回 水俣と出会い、自分が変わる

水俣との出会い クラスノヤルスクでの留学を終えてすぐ、2007年1月から大阪大学工学研究科サステイナビリティ・サイエンス研究機構(現在のサステイナビリティ・デザイン・センター)の特任研究員として働くことになった。「サステイナビリティと人間の安全…

第53回 「バイカル湖」

冬のバイカル湖 2006年12月、クラスノヤルスク大学での留学生活を切り上げて急遽日本へ帰国することになった。縁あって大阪大学で職を得たからだった。2年前に不安を抱えながら降り立った駅のホームから列車に乗り込み、クラスノヤルスクをあとにする。車窓…

第52回 「シベリアへ④」

▼前回までの記事はこちらです コトゥイ川流域でトナカイを飼うエヴェンキ人とともに過ごした10日間は、まさに夢のような時間だった。中国語の夏季集中講義を引き受けていたため一旦は後ろ髪を引かれる思いでクラスノヤルスクに戻らねばならなかったが、夏休…

第51回 「シベリアへ③」

▼前回までの記事はこちらです ロシア語の先生たち 連載第49回でも触れたが、クラスノヤルスク大学では留学生としてロシア語を学ぶ傍ら、日本語と中国語の授業で教壇に立つ仕事も引き受けることになった。はじめは勉強時間が削られるし煩わしいなと思っていた…

第50回 コラム⑤「“北の自然”に魅せられて」

シベリアとアラスカ シベリアといえばどこか暗く、灰色がかったイメージが思い浮かぶのではないだろうか。確かに、ソ連時代には社会主義体制に反対した知識人が送られる流刑地であり、太平洋戦争後には捕虜となった多くの日本人が抑留された土地でもあった。…

第49回 「シベリアへ②」

▼前回の記事はこちらです ロシア語の壁 シベリア鉄道の旅を終え、いよいよクラスノヤルスク大学での留学生活が始まった。住まいは学生寮ではなく、ホームステイを希望した。これまで中国語や日本語を学んできた経験から、新しい言葉を学ぶには、現地の人と接…

第48回 「シベリアへ①」

ひと山越えて 博士課程に進学してからは、大興安嶺での調査を続けつつ、トナカイ放牧を営むエヴェンキ人が経験した社会変化をテーマとしてひたすら研究に打ち込んだ。博士論文を書きあげる目途がついてからは、中華料理店でのアルバイトも辞めてさらに執筆に…

第47回 「バラジェイさん一家③」

バラジェイさん 中華人民共和国によって大興安嶺一帯が「解放」されたのち、1950年代にはエヴェンキ人が暮らす村にも小学校が建設されはじめた。バラジェイさんは、トナカイ放牧を営む人たちのなかではもっとも初期に学校に通い始めた子どもたちの1人だった…

第46回 「バラジェイさん一家②」

▼前回の記事はこちらです 長男ウェジャ 中国の他の辺境地域と同じく、その頃の大興安嶺では野生動物が急速に姿を消しつつあった。1998年に禁猟政策が施行されたこともあり、実際にハンターたちの狩猟を観察する機会にはなかなか恵まれなかった。それでも私は…

第45回 「バラジェイさん一家①」

長女リューバ 修士時代に調査を行っていた大興安嶺のオルグヤ村では、もっぱらバラジェイさん一家にお世話になっていた(本連載第39回参照)。修士論文では大興安嶺に暮らすエヴェンキ人たちの近代化の過程に焦点を当てたのだが、バラジェイさんたち自身は文…

第44回 「目指すべき研究者像」

目指すべき研究者像 金沢大学人類学研究室では、鹿野先生をはじめとして鏡味先生、中林先生など研究にも教育にも熱心な教員が教鞭をとっておられたが、私が関心を寄せていた北方アジアを専門に研究されていた先生はいらっしゃらなかった。このため、文献収集…

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